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遠藤周作エッセイ選集『かなり、うまく、生きた』

投稿日:2007-04-01 更新日:

かなり、うまく、生きた

久々に日本語の本を読んでいるところ。去年、里帰りしてた時にいろいろ買った中の一冊、故遠藤周作氏のエッセイを集めた文庫本、『かなり、うまく、生きた』。


亡くなった人が、「かなり、うまく、生きた」と生前に言っていたと聞くと、よかったなぁと思う。そう思える人生を自分も送りたいし、自分の愛する人たち、生きてる人みんなにも送ってもらいたい。そうでないと、みんないつかは死ななきゃいけないのに、つらいから。

彼の作品は、その代表作である『海と毒薬』『沈黙』、そして孤狸庵として書かれていた軽快でユーモアあふれる楽しいエッセイを読んだことはあるが、なんせかなり大昔、子供~すんごい若い頃のことで、作家の背景、彼が病を煩い、大きな手術3回を含む2年半もの入院生活を強いられていたことなどは、この本を読むまで知らなかった。3回目の手術では数回心臓が停止し、仮死状態にもなったとある。

だから、彼が「かなり、うまく、生きた」と言えたのは、作家として大きな業績を残したとか、うまく世渡りできたとか、いろいろ幸運に恵まれたからではない。
 

 しかし私はこの挫折とブランクとをかなりうまく使ったと今、過去を回顧して思っている。
 まず私は生活と人生とは違うとその頃から考えるようになった。病気はたしかに生活上の挫折であり失敗である。しかしそれは必ずしも人生状の挫折とは言えないのだ。なぜなら生活と人生とは次元がちがうからである。

~『かなり、うまく、生きた』の11頁~

 ひとつだって無駄にしちゃいけないーーと言うよりは、我々の人生のどんな嫌な出来事や思い出すらも、ひとつとして無駄なものなどありはしない。無駄だったと思えるのは我々の勝手な判断なのであって、もし神というものがあるならば、神はその無駄とみえるものに、実は我々の人生のために役に立つ何かをかくしているのであり、それは無駄処か、貴重なものを秘めているような気がする。
 これを知ったために、私は「かなり、うまく、生きた」と思えるようになった。

~『かなり、うまく、生きた』の13頁~

と彼がいうように、たとえ安泰な毎日を送る幸運に恵まれていなくても、挫折や悲しみを経て、「かなり、うまく、生きる」のは、その人の主体性、ものごとから何を学ぶか、感じるかにかかっているのだろう。

と、ここまで書いて、読書にもどり、結局終わりまで読んでしまった。

編集部が「本文中に一部差別的表現が使われていますが、執筆者が故人であることと作品の資料性を考慮して、発表時のままとしました」とあるように、ちょっとしっくりこない部分もちらほらあるし、多分、私が10年若いと、キリスト教信者である彼に宗教が与える影響の大きさなどはピンとこなかったと思うけど、生と死、人生について書かれたエッセイをまとめたものなので、そういう点も違和感なく読めてしまった。

むしろ、キリスト教色が強い内容に対して、人間が死と対峙するとき、人生をみつめる時、宗教の違いは関係ないんだなぁと思った。

いやぁ、映画もいいけど、本っていいよね。自力で生きてるだけじゃ学び取れないことがいっぱいよね。これはエッセイ集だけど、小説って、架空のものでも実話に基づいたものでも、人生疑似体験するもんね。忙しがってないで、お勉強以外の本をもっと読もうと思いました。


●遠藤周作エッセイ選集1 人と心 『かなり、うまく、生きた』

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